和歌山県湯浅町は紀伊半島の中部西岸に位置し、熊野三山へと続く世界遺産「熊野古道」が通ることから、参拝者が集う宿場町として発展しました。海運に適した入り江を有し、物流の中心地としても繁栄。現在は醤油発祥の地として知られ、平成29年には『「最初の一滴」醤油醸造の発祥の地 紀州湯浅』として日本遺産に認定されました。醤油だけでなく、ご飯のおかずとして食べられる『金山寺味噌』も湯浅町の特産品。醤油と味噌。和食の決め手となる調味料は、どのように作られているのでしょう? 湯浅町が醤油発祥の地となった経緯は? 蔵元を訪ねます!

まずはトリビア! 750年を越える伝統の味、「金山寺味噌」と「湯浅の醤油」

「金山寺味噌」は大豆、米、大麦に塩と麹を混ぜ、瓜、茄子、生姜、紫蘇などを漬け込んで作られます。味噌といっても調味料ではなく、おかず味噌・なめ味噌といった食べる保存食。作られるようになったのは鎌倉時代です。
 (5)

鎌倉時代の僧・覚心(かくしん)※は修行のため宋に渡り、径山寺(きんざんじ)で味噌作りを習得。建長6年(1254年)に帰国し、現在の興国寺(和歌山県由良町)の住職になります。その後、町民に味噌作りを指南。これが湯浅町の特産品「金山寺味噌」になりました。

※覚心:法燈国師(ほっとうこくし)

「金山寺味噌」の商品化は江戸時代の初期。以降、湯浅町の特産品として広まり、現在も町内で7軒の店舗が「金山寺味噌」を製造しています。

この味噌作りの過程で生まれたのが醤油です。

「金山寺味噌」の醸造過程で野菜から「溜まり」という水分が出ます。「溜まり」はながく棄てられていたのですが、食べてみたら美味しい。さらに湯浅町のきれいな水と気候によって製法が発展します。これが日本の醤油作りの始まりとされ、湯浅町は「醤油発祥の地」として日本遺産に認定されました。

醤油ソフトクリームが絶品! 希少な体験型の蔵元「丸新本家」

【丸新本家】
創業は明治14年(1881年)。現当主・新古敏朗氏が5代目。
国産原料や伝統製法にこだわった醤油・味噌を製造。『世界一の醤油をつくりたい』をモットーに、日本の調味料を世界に発信する。子ども向けの食育授業や伝統野菜「湯浅なす」の復活事業など、地域貢献にも力を入れている。
体験型の醤油蔵「九曜蔵(くようぐら)」は年間10万人が訪れる。売り場やカフェが併設され、「醤油ソフトクリーム」が評判になっている。
 (8)

湯浅町では現在も数軒が蔵を守り、伝統的な製法で醤油や味噌を作っています。
今日は醤油作りを体験できる蔵元「丸新本家」に伺います。

体験型醤油蔵「九曜蔵」を巡り、ワクワクの醤油作りを体験

 (12)

▼蔵見学
料金:無料
実際に醤油作りに使われる木樽や蔵、製造工程を見学。

▼わくわく体験.1「櫂入れ体験」
料金:300円(税込)
諸味の熟成を促すために必要な攪拌作業を体験。
※事前予約が必要
14年ほど前、「丸新本家」社長・新古敏朗さんはお客様に声をかけられたそうです。

「本当に湯浅で醤油を作ってるんですか? 蔵も、作っている様子も見られない」

それを聞いた新古さんは「製造過程を公開し、醤油作りを体験してもらおう」と決意。
2年の歳月を費やし、蔵全体を全面改築したそうです。
丸新本家株式会社 代表取締役・伝道師5代目 新古敏朗さん

丸新本家株式会社 代表取締役・伝道師5代目 新古敏朗さん

いまでは全国でも希少な体験型の醤油蔵を有する、「丸新本家」さん。
今日は職人の宮本雅司さんが案内してくれます。
丸新本家株式会社 課長・宮本雅司さん

丸新本家株式会社 課長・宮本雅司さん




こちらが諸味を発酵させる樽です。


体験用に使われる小ぶりな樽。それでも大人の全身が沈むほど。

体験用に使われる小ぶりな樽。それでも大人の全身が沈むほど。



深さ180cm、容量は2,000リットルの樽。
これは体験用の小さなもので、大きな樽は容量が6,000リットル(一般的な風呂桶で30杯分相当)もあるとか。
 (132)



樽の中の中身を見て「チョコレートみたい」だと思いましたか? 
そうなんです。実はチョコレートも発酵食品。
醤油とは親戚のような関係で、色もそっくり。



樽の内側にびっしりと付着しているのが醤油の諸味(もろみ)。

樽の内側にびっしりと付着しているのが醤油の諸味(もろみ)。

諸味を混ぜる「櫂棒」(かいぼう)という道具。柄の材料は...

諸味を混ぜる「櫂棒」(かいぼう)という道具。柄の材料は竹の棒で、軽くしなやか

 (136)

櫂棒(かいぼう)を桶に差し込むと、思ったよりも重さを感じます。ただ、諸味は櫂棒にまとわりつかず、すーっと抜ける癖になりそうな感触。

「仕込みの初日は諸味が硬く、櫂がしなって、刺さらないほど。いまは諸味が出来上がった状態なので、このように柔らかいんですよ」と宮本さん。

櫂棒を無理やり出し入れすると、微生物や成分を壊してしまうとか。

「櫂の動きで、樽のなかに対流を起こせたら理想的です」

職人技ですね。
 (138)

和歌山の新しいシンボル・パンダの被り物でインスタ映えも?! 
見学に来る子どもたちは、この帽子を被ると笑顔になるとか。
写真のように大人でも借りられます!

ペットボトルで醤油を仕込む! マイ醤油づくり体験

ここからは自分だけの醤油づくりを体験。
たった1本のペットボトルで楽しめるとか?!
「マイ醤油づくり」をレクチャーしてくださった丸新本家・谷さん

「マイ醤油づくり」をレクチャーしてくださった丸新本家・谷さん

▼わくわく体験.2「マイ醤油づくり体験」
料金:1080円(税込)
ペットボトルに醤油の諸味を仕込み、持ち帰って育てる体験。半年~1年間、醤油作りを楽しめる。
※事前予約が必要
 (144)

まずは仕込み。ペットボトルに醤油麹(しょうゆこうじ)を入れ、水を注ぎます。これが諸味(もろみ)になります。
ペットボトルの中身は手前から「仕込みたて」・「仕込みか...

ペットボトルの中身は手前から「仕込みたて」・「仕込みから4ヶ月」・「仕込みから8ヶ月」の状態

自宅に持ち帰ったペットボトルを定期的に振ると、諸味の発酵・熟成がすすみます。
定期的にボトルを振り、ガス抜きをすると、半年~10ヶ月ほどでマイ醤油の誕生です。
 (148)

諸味を仕込んだペットボトルの振り方、攪拌(かくはん)を行う間隔、ボトルの置き場などで諸味の塩梅が変わり、醤油の出来上がりには作り手の性格が出るそうです。

友人や家族と一緒に仕込み、試食会をすれば、お互いの性格分析で盛り上がれますね!

醤油ソフトクリームにかぶりつく!

 (151)

体験が終わったら、おまちかねのデザートタイム!
「蔵カフェ」にはお茶やアイスクリームなど様々なスイーツが楽しめますが、とりわけ絶賛されるのが「醤油ソフトクリーム」(350円)。
搾りたてで濃厚な牛乳に湯浅醤油が混ぜあわされ、手に持つだけでふんわりと醤油の香ばしさが匂います。
 (153)

一口食べれば……あまじょっぱいソフトクリームが舌の上でとろけ、醤油のコクと旨みが後を引きます
 (155)

さらに湯浅醤油をかけると……ソフトクリームの甘さと醤油の香ばしさがぐぐっと高まり、二度美味しい。
和と洋がとけあう逸品です。

「丸新本家 本店」のバラエティ豊かな品揃え

 (158)

「丸新本家」の商品は「しょうゆ類17種、金山寺味噌8種、もろみ味噌3種、みそ6種」など種類が豊富。にんにく入りの味噌などユニークな商品も並び、見ているだけでも楽しい。県の特産品を集めた店舗や関西空港の土産店でも購入できますが、直営店の品揃えは圧巻です。
 (160)

醤油の旨みにはJIS規格があり、数値で表されます。「丸新本家」の濃口醤油は、一般的な製品に比べ、旨みの数値が1.5倍もあるとか。その美味しさは一般のお客様のみならず、料理人の間でも口コミで広がり、いまでは海外のシェフが買い付けに訪れるそうです。
 (162)

試食もできます。
味比べをすれば用途にぴったりな商品を見つけられますね。

伝統と命をつなぐ蔵つき酵母 ―― 湯浅町最古の蔵元「角長」で歴史を旅する

 (165)

さらに醤油作りの歴史を辿りましょう。

湯浅町でもっとも醤油作りが盛んだったのは江戸時代です。町内の人家はおよそ1,000戸。そのうち多くの醤油屋が湯浅町にありました。町の一角、濱町が北町に突き当たる三叉路の角に、一軒の醤油蔵が建っていました。それが現存する湯浅町最古の蔵元「角長」(かどちょう)です。
天保12年(1841年)創業。現当主・加納誠氏が6代目。
「角長」は湯浅町で最も歴史がある蔵元。仕込蔵は天保12年に建造され、天井や梁、壁一面にびっしりと「蔵つき酵母」が付着している。これが仕込桶に降り注ぎ、「角長」独自の諸味が醸成される。
冬季のみの寒仕込(かんじこみ)や仕上げの和釜の使用、1年半~3年にわたる長期熟成など、伝統を踏まえた製法で醤油作りを続ける。
敷地は約850坪。店舗兼住宅の主屋、仕込蔵、室、詰場が湯浅町の「重要伝統的建造物群保存地区」の3街区に並び立つ。慶応2年(1866年)に建てられた仕込蔵は伝統的な道具・器具を展示する※。

※醤油蔵の見学は不可。
※現在、仕込蔵は改築中で見学不可。
※語り部による「新館」(資料館)のガイドは予約が必要。

江戸期の製法を受け継ぐ老舗「角長」の醤油作り

角長 6代目当主・加納誠さん

角長 6代目当主・加納誠さん

お話を伺うのは加納誠さん。「角長」の伝統を受け継ぐ6代目の当主です。
今日は、醤油蔵と新館(資料館)をご案内いただきます。

蔵のなかは薄灯り……ぽつり、ぽつりと小さな照明があるだけ。

薄暗さには理由がありますか?

「醤油作りのために自然な室温を保ちたいし、直射日光も避けたい。それと、火事。蔵のなかは塩気でいっぱいだから、あんまり電線を引っ張って、配線をショートさせて火が出たら怖い。照明は必要最低限しか点けません」と加納さん。

続いて蔵の2階、仕込み樽の区画へ。
 (171)

床にぽっかりと空いた直径2メートルの穴。深さも2メートルあり、容量は5,400リットル。これで約3,000本の醤油が搾れるとか。ちなみに、樽一杯につき必要になる麹菌の量、どれくらいか分かりますか?

「コーヒーカップ一杯も要らない」と加納さん。
あとは仕込みと醸酵で増えるとか。
5,400リットルもの諸味の内、はじめに必要な麹菌がたったそれだけだなんて、驚きですね。

さらに驚きなのは……「角長」の蔵、その歴史。なんと天保12年から建て替えられていないそうです。
天上や梁、壁にはびっしりと酵母が付着しています。これは「蔵つき酵母」と呼ばれ、ぼんやりした灯りに照らされた箇所は、まるで蔵の肉体のように浮き上がります。

加納さんは、およそ180年も生き続ける「蔵つき酵母」を宿した蔵全体が「醤油の母、醤油の子宮」だと言います。

「仕込み樽の麹菌が発酵して、酵母菌が出てくる。これに塩と水を混ぜ合わせると諸味になる。さらに蔵の中で育った『蔵つき酵母』が雨のように降って、うち独特の醤油が生まれます」
 (173)

醤油の原料は「大豆」と「小麦」。この2つと醤油の要素「味」と「色」、そして「香り」の関わりについて、加納さんが教えてくれます。

「大豆のたんぱく質が分解されると、アミノ酸が出来る。これが醤油の味と色を作ります」

では、小麦の役割とは?

「小麦の炭水化物は分解によって糖に変わる。糖に酵母菌がたかるとアルコールが出来る。これが醤油の香りです」
圧搾(あっさく)の風景。諸味を流し入れた布を重ね、圧し...

圧搾(あっさく)の風景。諸味を流し入れた布を重ね、圧し、醤油を搾り出す。

「生揚げ」(生醤油)と呼ばれる搾りたての醤油。この段階...

「生揚げ」(生醤油)と呼ばれる搾りたての醤油。この段階では麹菌が生きているとか。

和釜の火入れで焚かれる松材

和釜の火入れで焚かれる松材

仕上げの火入れは「和釜」(わがま)で行われます。燃料は松材。重油やガスの火はきつく、釜が高温になり過ぎ、醤油の出来も荒くなるため、「角長」では松材を用い、じわじわと火を入れるそうです。

別館(資料館) ―― 語り部の名調子でタイムトラベル

 (180)

展示スペースになっている新館へ。
写真右 「新館」を案内してくださった角長・本下さん

写真右 「新館」を案内してくださった角長・本下さん

新館では語り部の本下さんが醤油作りにまつわる資料や器具、解説パネルを用い、場内を案内してくれます※。

※解説付きの見学は要予約
 (184)

醤油屋に常備されていたという火消し車。
大豆を蒸し、小麦を「炒る」。搾った醤油を釜に注ぎ、薪で「焚く」。このように醤油作りには火を使う作業が多く、火消し車は必需品。
町で火事が起こると消防士よりも早く、近所の醤油職人が消火にあたり、助け合ったそうです。
 (186)

写真に写っているのは、町人が消火の際に被ったという火の粉よけの笠。
材料は木だと思いますか? 鉄?
答えは「紙」。
紙とはいえ、こちらの笠は塗装されていて強度があり、しかも軽い。優れ物です。
 (188)



本下さんが「濃口醤油」と「薄口醤油」の違い、材料と醤油の要素の関わりを教えてくれます。


「原料の大豆は醤油の旨みになるの。小麦は香りね。この割合を5:5にすると濃口醤油ができます。2:8で作ると薄口醤油ね」

醤油の濃口と薄口って、大豆と小麦の割合で決まるんですね。

「たまり醤油は薄口の逆、大豆が8で小麦が2の割合ね」

それじゃ……旨みが濃いんですね、たまり醤油は。

「そうね! 反対に、薄口は色が薄くて香りがよいのね。でも大豆が少ないから、旨みが足らなくなるのね。これを補うために塩を沢山使います。だから薄口醤油の塩分パーセンテージはうんと高いの」

色が薄いから、きっと塩分も薄いんだと思ってました……!

「勘違いしちゃうところね(笑)薄口はね、色は薄いけどね、濃口やたまり醤油よりも塩辛いの」


本下さんのガイドは軽快で、まるで名人が聞かせる講談のような語り口。お客さんの間に「へぇぇ!」と「すごいー!」の声が絶えません。


見学した小学生の寄せ書きは、かわいいイラストや感想でい...

見学した小学生の寄せ書きは、かわいいイラストや感想でいっぱい。



本下さんのガイドは「角長」の歴史に限らず、醤油作りの伝統や秘訣、湯浅町と全国各地の醤油会社との深いつながり、人間国宝の落語家・五代目柳屋小さんと「角長」の意外な関係など幅広く、新館を出るころには、ちょっと物知りの気分になれます。

終わりにひとつ、加納さんに「忘れられないお客様の声」を教えてもらいました。


 (192)



「『美味しかったよ』と言われると、よかったなと思います。取引先から言われた言葉では『角長さんは由緒正しい醤油屋。ぜひ仕事をしたい』という一言。歴史や伝統を大事にした仕事が評価された気がしてね、忘れられない」


紀州の風土が育てる「角長」の醤油

 (195)



原料や手作りにこだわり、江戸期の製法を受け継ぐ「角長」。醤油はすべて濃口だそうです。熟成に1年半~3年の時間がかけられ、天然の風味と柔らかな香りが豊かな逸品ばかりです。


諸味ペーストや粉末醤油など、ユニークな商品も

諸味ペーストや粉末醤油など、ユニークな商品も

粉末醤油(SOY POWDER)980円(税込)。

粉末醤油(SOY POWDER)980円(税込)。

粉末の醤油は乾燥されているのに、酵母菌が生きているそうです。
お土産としても喜ばれそうですね。

「丸新本家」「角長」の商品を購入する

「丸新本家」の商品を購入する
▼直営店

湯浅醸造元
〒643-0004
和歌山県有田群湯浅町湯浅1466-1
フリーダイヤル:0120-345-193
電話番号:(0737)62-2267

田辺店
〒646-0011
和歌山県田辺市新庄町2915-333
フリーダイヤル:0120-345-124
電話番号:(0739)25-5599

とれとれ市場 南紀白浜店
〒649-2201
和歌山県西牟婁郡白浜町堅田2521
電話番号:(0739)42-1051

上記3店舗の詳細はこちら
https://www.marushinhonke.com/hpgen/HPB/entries/29.html

▼通販
湯浅醤油「丸新本家」ホームページ
https://www.marushinhonke.com/
「角長」の商品を購入する

▼直営店
角長本店
〒643-0004
和歌山県有田郡湯浅町湯浅7
電話番号:(0737)62-2035

角長国道店
〒643-0003
和歌山県有田郡湯浅町別所147
電話番号:(0737)63-5243

上記2店舗の詳細はこちら
http://www.kadocho.co.jp/retailstore.html


▼通販

角長オンラインショップ
http://www.kadocho.co.jp/shop.html

関連する記事

著者